失敗を成功に

人生半分以上日本にいるので、私にとっての当たり前ですが、たくさんの人はやっぱり「何で日本に来たの?」と不思議に思っているみたいです。

簡単にいうと:
「逆上がりにしっぱいしたから!」

え?どういうことか?

高校生の私は大好きなこと3つありました:
1.音楽や歌
2.スポーツ
3.言語

1の歌は好きすぎて「職」にすることまったく考えていませんでした。いつでもどこでもストレスやプレッシャーなく歌ったり踊ったりしたかったです。

だから、まず選んだのは2のスポーツでした。

近くにドイツで当時唯一のスポーツ大学があり、その大学と連携撮ってみたら、高校の時3週間大学生とフランスへのスポーツキャンプ行ってきました。朝から夜までヨット、サーフィング、水泳は当然、カヌー、ロッククライミング、アーチェリー、。。。正直にタッフな大学生についていくの必死でした、「命危ない」と思った場面も数回!

でも、楽しくてやっぱりスポーツ大学に入学するため2年間毎日ジム、走り、水泳、球技〜欠かさずのトレーニングを続けました。

さて、試験当日、スムーズにすべての科目クリアーしていきました。
と思ったら:
鉄棒!

これは3年間練習〜学校でもずっと授業でやっていなかったものでした。

何回やっても逆上がりに成功することはできませんでした。

2日間は泣いて、再挑戦するかどうかも少し考えましたが、その時は反発:「みんなに見せてやるぞ。私は全然違うことやって成功するぞ。」
この気持が勝ちました。
で、3つ目の大好きなこと:「言語」に進めた。

さらに強い気持ちで:「変な言語学んで行く。だれもできないもの。逆上がりで馬鹿にされるもんか?」

と大学で「東南アジアの翻訳」わくで、日本語、インドネシア語を選考することにした。

この話をどう読み取るかはみんな次第です。「スポーツ大学を諦めた」という見方もあるかもしれないです。私はいつも言っている:「やればできる」を最後まで通していないという見方もあるかもしれないです。

でも、私はそうは思いません。

一生懸命やって、トライしても何があるかわかりません。運も、運命も生きる上でとても大事です。
「心」はどの道を歩ませようとしているかを静かに聴くタイミングも必要です。

で、ここは私は何より親と家族に感謝している。私は倒れて、迷っている最中には誰一人も「こうしなさい」とか「ああした方がいいんじゃないか」とか言っていません。みんなが静かに私は立ち直って自分で決める力を信じて待ってくれていた。
5人兄弟の未子の私は年配のお母さんのそばにいると期待されていたが
「日本語」にすると言ったときさえ、だれも「遠く行かないでよ」と言っていません。

これは親の役割ではないかなといつも思っています:我が子は本当に心から選んだものを応援して、何があても静かに見守って上げること。何があても受け止めること。「あなたは選んだんだからそれで良いよ」といえること。

というわけで:
いいんですよ!!!