美味しくて、ヘルシー
そう言われて、やっとこの大人気レストランの予約が取れて、仲間と一緒にお店に行きました。
友達はわくわくメニューを見て、「これは美味しいよ!」「これ新鮮で、県産のものだから安心に美味しく食べられる」「たっぷりで美味しくて、カロリーが低い!」、私もそのお勧めメニュからいろいろ注文します。
友達はわくわくメニューを見て、「これは美味しいよ!」「これ新鮮で、県産のものだから安心に美味しく食べられる」「たっぷりで美味しくて、カロリーが低い!」、私もそのお勧めメニュからいろいろ注文します。
ところが
どれを食べても全く口にあいません。正直に、友達と一緒ではなければ、こんなに人気ではなければ、残したいところです。
22歳までは魚食べたことがなくて、魚の匂い、海鮮まったくだめです。ちなみに、この店は海鮮や魚の出汁で様々な料理が作られています。普通のサラダもドレシングは海鮮の味がします。「無理ー。けど友達のためには頑張らな!作った人の為にも頑張らな!」
22歳までは魚食べたことがなくて、魚の匂い、海鮮まったくだめです。ちなみに、この店は海鮮や魚の出汁で様々な料理が作られています。普通のサラダもドレシングは海鮮の味がします。「無理ー。けど友達のためには頑張らな!作った人の為にも頑張らな!」
顔にでる
だが、当然、口に合わないことを隠せないようだです。友達がどんどん「大丈夫?」「元気じゃないな」と言ったり、私はバカほど水を追加してもらって、一口食べては水いっぱい空っぽにします。嫌すぎてみんなの話にも全然参加できません、楽しくないです。
友達も私のことを気にしてしまうから楽しめません。何よりも一生懸命作っている人はこんな客も顔をみると悲しむでしょう。
友達も私のことを気にしてしまうから楽しめません。何よりも一生懸命作っている人はこんな客も顔をみると悲しむでしょう。
来月また予約とろう!!!
と言われたら、どうしますか???
無理していくことはない
「無理することはない」きっとみんなはそう思うんでしょうね。
私もそう思います。で、ここからは本題に入りますが、この話で言いたかったのは:
英語を習う習わないもおなじです!
MAC&Communicationは特に子供にかなりの人気、殆どの生徒は毎週休まず笑顔でレッスンに来て、平均10年間楽しく様々なことを学んでいます。
それはとっても嬉しいことです。そうあってほしい。楽しんでいる子の顔をみたいです。
そのためには私はとても工夫します。24時間で仕事していないのは基本的に寝ているときだけです。ご飯作っている間も勉強のセミナーの動画を見ているし、買い物中のレジ待ちでは子供から届いている宿題をiphoneでみているし、お風呂のなかでは同僚と電話をしたり。。。(最近やっと少しだけ毎日自分だけの仕事じゃない時間も作っていますが、ま〜だいたいそんな感じです)
Des einen Freud des anderen Leid(ドイツ16世紀のことわざ)
ある人の楽しみは他の人の苦しみ
でも:指導者はどんなに頑張っても、「レッスンが合わない、英語に興味ない、なんかわからないけどやりたくない」という子がいるのは当たり前。
そういう子が無理ありにレッスンに通うと前向きにレッスンを受けられない。それが仲間にも先生にも影響する。
「英語嫌い」と言われると先生ほど悲しむ人はいない。
だから、私はMAC&Communication の同意書に次のことを書いて、同意 をしてもらっています:
...とは言っても、すべての子供が外国語に興味を持つわけではありません。そういう子供に無理に学習させるのは無意味、むしろ逆効果かもしれません。あまり神経質にならず、しばらく待って、子供のタイミングにあわせて学習を再開した方がよいでしょう。...(MAC Communicationの同意書ページ1より)
義務教育ではない
学校に行くと、30人、40人の生徒のクラスにはどの教科に対しても「これは好きじゃない」「無理」という子何人かいます。それは仕方がないです。「苦手教科」「頑張るしかない」子供もだいたいそれわかるし、親が押して行くしかないです。
でも、習い事は義務教育ではありません。好きでやるものじゃないとストレスしかないです。
また子供の場合の危険:
なにが嫌いかはっきりわからない。教材かもしれない、宿題かもしれない、難しすぎるかもしれない、クラスの雰囲気かもしれない、。。。でもはっきり見分けられないから「英語は嫌い」という全般的な評価になってしまって、一生引きづります。
でも、習い事は義務教育ではありません。好きでやるものじゃないとストレスしかないです。
また子供の場合の危険:
なにが嫌いかはっきりわからない。教材かもしれない、宿題かもしれない、難しすぎるかもしれない、クラスの雰囲気かもしれない、。。。でもはっきり見分けられないから「英語は嫌い」という全般的な評価になってしまって、一生引きづります。
子供の「やりたい」「楽しい」「やめたい」に客観的でいること
これは大事ですね。
たくさんの保護者、私も含めては子供の「たのしい、やりたい」にも「いやだ!やめたい。たのしくない」にも敏感すぎて、客観的にならずに反応してしまう。
「たのしいかか?よしゃやろう」
「え?たのしくないの?なにがあったの?どうしよう?」
子供は気分やだから、トイレを10秒我慢したことも、✎えんぴつを忘れたことも、ゲームをまけたことも、全部が「いや」とつながる事ありえる。
多分英語だけじゃなくて、子供は習い事についての反応は一歩さがったところからしっかり見守ってあげることは大切だと思います。
また口で言っていることより、実際の様子〜つらそうなのか、楽しそうなのか、レッスン中の様子のほうがずっと大事です。
この話はつづきます。
正直に言うと、生徒全員がうまく、楽しく参加できるようにクラスを計画するのに苦労している量は、私が受け取る感謝の価値がないことは間違いありません。
私たち先生は生徒のためにたくさんのことをします。十分なことをします。が、私たち先生は子供が英語好きになるように責任者?違いますよ!
食べ物の例え続けて使うと「子供がピマンを嫌いにならないように」の責任者は?
ピマンが嫌いな子供は、どんなに味を隠そうとしてもピマンを嫌い。
そして子供が嫌いなピマンを食べない、嫌い…保護者は調理する人に文句を言わないでしょう?
「ピマンが嫌いのわかっていますが、何回食べさせて、いつかピマンが好きになるでしょう。」の考えかたはどう?普通じゃないでしょう?
しかし、子供がレッスンを気に入らなかったり、学習をするやる気、時間がなかったり、英語が嫌いになったりすると、すぐに英語の先生に不平を言います。全く理解できません。
英語が嫌いな子供は、どんなに一生懸命レッスンを工夫しようとしても、英語を嫌い。嫌いながら、何回行かせても英語は好きにならないです。
英語が好きな子供と英語が嫌いな子供には多くの共通点があります。
保護者にショックになるかもしれませんが、子供たちが英語を好きか嫌いかの理由はめったに先