私が初めてサッカーしたいと思っていたのはおそらくこの一才になる前の1970年の夏でした。
ここから道を挟んだところには広い芝生があって、ここから数年後の'My soccer ground'になる場所でした。
4つ上のお兄ちゃんがそこに住んでいて、とにかく
「ママ!遊びたい!」
産後10ヶ月でサッカーをしたい
マギー先生を止めようとする母親
頑張る
頑張る
それでもサッカーをしたい!頑張るよ
母親が「女の子だからサッカーはだめ」とか、そういう考えたは一切持っていなかったが、私は母親が高齢の時に思わずに生まれてきた未子であったため、あまり乱暴なことはしてほしくなかったでしょう。
父親はサッカー大好きで、毎週土曜日14時には、普段は昼間に絶対立ち入らない居間にいって、ソファで寝転びながら。。。何をしたと思いますか?
いいえ、
テレビを見たのではなくて、
ラジオ放送でその日の試合を聞いていた。
それが私にとって「サッカーってなんってつまらない」と思った唯一の時間でした。
でも今になって思うと、サッカー試合を耳だけで楽しめるというのはすごいよね。絶対アナウンスはすごく面白かったでしょうね。本田圭佑さんはいけるかもしれないだね。
さて、結局どうなったか?
よっしゃ!ゲットした!KICK!した。
ね。すごいでしょう?
サッカーは歩けるようになってから
サッカーは歩けるようになってから
と思ったら!10ヶ月にはまだ少し挑戦すぎたね。
そのごは私は少しずつ家族の皆とボール遊び上手になったが、初めてはっきり覚えているワールドカップは1978年。
当時はここにある写真のような白黒のテレビしかなくて、選手も小さくて、映像の印象は薄いが
Sepp Mayer, Karl-Heinz Rummenigge, Hansi Müller, Jupp Derwallという名前はその時期からしっかり自分の単語帳に追加された。そして、一番覚えているのはこの時期から私らは毎日隣の芝生でサッカーをした。男子、女子、サッカーやっている子もやっていない子も、たまたま通る子がいたら、誘って、時には5たい5、時には二人きり。
ちなみにその芝生は冬はそり遊びできるくらい、ちょっとした坂になっていたから、普通のサッカーとは少し違った。😛
長年のサッカーのあいぼう
そこからは4年ごと、テレビも少しずつ良くなりながら、Breinter, Schumacher, Litbarski、Klinsmann, Ilgner, とどんどん好きな選手が増えた。
Bodo Ilgner, Pierre Litbarski, (Litti)は個人的に何回か合ったことがあるが、その話はまたゆっくりします。
あ、そうそう、ちなみに、本格的にサッカーをしたことがないよ。(得意と思われたら困るんだ)