マギー先生のところは「教科書がない」と聞くと不安に思われる方もいるかもしれないです。 大きな出版社が出した有名な方が書いた教科書だと安心されませんか?


たくさんの人が考えて、「この順番で英語を学ぶ」としているから、納得してしまいます。でも、特に子供の場合は言語が「文法的」に段を踏んでいくわけではないです。


でもね、日本語を話せるようになったとき、「主語→動詞→目的語」の順番を意識して覚えたでしょうか。違いますよね。目の前にあるもの、心が動いたこと、欲しいもの——そういう「今、伝えたいこと」から言葉は増えていきました。


子供の言語習得も同じです。教科書の第1課が「be動詞」で、第2課が「一般動詞」だったとしても、子供の頭の中はそんな順番では動いていません。犬を見て「dog!」と言いたい。その気持ちが先にあって、初めて言葉が定着します。


だから「教科書がない」というのは、「何も準備していない」ということではないんです。

むしろ逆で、目の前のその子が今、何に心を動かされているかを見て、そこに合う言葉を差し出す——

それを毎回組み立て直しています。


教科書通りに進める方が、正直ずっと楽です。順番も内容もすでに決まっていますから。でも、それは「その子」のための順番ではなく、「平均的などこかの誰か」のための順番です。


そしてもう一つ、正直にお伝えしたいことがあります。私は、教科書が子供にとって必ずしも良いものだとは思っていません。良い場合ももちろんありますが、むしろ合わない場合の方が多いとさえ感じています。


教科書は「間違いなく体系立っている」という安心感をくれます。でも子供は、体系のために学んでいるわけではありません。楽しいから、伝えたいから、もっと知りたいから学びます。決められた順番、決められたページ数、決められたペースは、時にその「もっと知りたい」という気持ちにブレーキをかけてしまいます。


動画で紹介しているのは、そうやって子供自身の「今」に合わせて言葉を拾っていく様子です。教科書のページをめくる代わりに、子供の興味と反応をめくっているような感覚です。順番はバラバラに見えるかもしれません。でも、それは適当なのではなく、その子に合わせて、毎回選び直しているからなんです。


「教科書がない教室」は、「何も学ばない教室」ではありません。教科書という一つの型を手放した分、その子をよく見て、その子に合わせる教室です。